【霊界解放シリーズ345】朝倉氏「日本統一を目指した信長の側に立っていたなら、歴史は変わっていただろう!」(2023.04.20)

2023年04月20日
【霊界解放シリーズ345】
朝倉氏
「日本統一を目指した信長の側に立っていたなら、歴史は変わっていただろう!」
新興勢力・織田信長に最後まで抵抗し、一族滅亡の禍を受けた越前国、現在の福井県の朝倉家。
朝倉家のルーツについては諸説ありますが、共通して天皇の遠い子孫であると伝えられています。
室町時代、1336〜1568年の猛将として、朝倉家の第7代当主であった朝倉孝景は、当時の城主たちが彼を敵に回さず、自分の味方に引き入れようと競い合ったほど、恐れられていた存在でした。
孝景は統治・外交術に優れた文化人として、皇室や幕府との関係をいっそう深め、福井市一乗谷に、京都風文化の花を咲かせる商業都市を開発します。
これを契機に、一乗谷は戦乱を避けて訪ねて来た僧侶や皇族、学者、そして多くの名医たちで門前市をなすようになります。
最盛期の人口は1万人以上でした。
栄進様との対話
(4月5日、福井県)
一方、戦国時代に名門家が次々と没落していく中、朝倉家は彼らの援軍として各地に出兵することにより、名門家を助ける新たな名門家として、次第に名声を得ていきます。
そのような中、戦国時代中期に織田信長が登場し、朝倉義景が第11代当主となって以降、一瞬にして一族滅亡の禍を受けてしまいます。
1565年、朝倉家と親密な関係にあった将軍・足利義輝が殺害されると、その弟・義秋が朝倉家へ避難し、3年間世話になって暮らします。
その後、義秋は将軍職を継承することを決心し、朝倉に京都奪還と将軍復帰のための支援を求めます。
しかし朝倉が幕府再建にすぐには応じなかったため、義秋は大きく失望します。
そこで義秋は信長に支援を求め、結局、義秋は再び将軍へ復帰し、第一の功臣である信長は、戦国大名たちの頭領として位置づけられるようになります。
その後、義秋は将軍就任を祝う席に、各大名たちが出席するよう要請します。
しかし今回も朝倉は、名門家という自尊心から、信長に挨拶することが気に入らなかったのか、これを拒否し、国境の城門を固く閉ざして信長に対抗します。
しかし、信長の求心力は、朝倉の想像を超えるものでした。
一時的に信長を窮地に追い込むこともありましたが、朝倉の側近の中から反旗を翻す者が続出したため、結局、一乗谷は3日間燃え続け、跡形もなく消え去ってしまいます。
朝倉が、低い身分から頭角を現した信長に従わなかった理由は、彼の名門意識にあったものと思われます。
朝倉が自決すると、彼の母親と子どもまでもが無残に殺されます。
かつて無敵と呼ばれた朝倉家であったからこそ、信長はなおさら、その家の血筋を絶やそうと狙っていたようです。
栄進様:
何を残すことができると思うか?
残したいではないか?
応答:
誰でもそうですね。
500年続いた朝倉の名門も、残ることができなかったのですね。
栄進様:
そうだ。
残そうと思うなら、名を残さなければならないのではないか?
応答:
そうしなければなりませんね。
栄進様:
あの時は、時代を変える時だったのだ。
ところが、それができなかったのだ。
応答:
もしそれが分かっていたなら、その人、朝倉は時代の主人公になっていたでしょう。
新しい時代を開く主人公になっていたはずです。
栄進様:
そうだ。
名を残していただろう。
大きな人物として、歴史に残っていただろう。
応答:
正反対に、先祖たちが築いたものを、自分の代で一気に崩してしまいましたね。
栄進様:
中心人物というものがあるではないか?
応答:
ありますね。
栄進様:
本人は分からないだろうが。
自分が中心人物であるということを。
応答:
分からないでしょう。
栄進様:
転換時代の中心人物は、やはり存在するものなのだ。
応答:
そのとおりです。
時が人を呼ぶという事実を知らなかったのですね。
栄進様:
本当に時代を変えなければならない人だった。
応答:
そうなのですね。
栄進様:
ところが、結局は時代を変えることができなかったのだ。
応答:
そうですね。
身分を撤廃して、新しく生まれ変わる時でしたから。
栄進様:
彼、朝倉がもし信長の側に立っていたなら、時代は変わった。
変わっていただろう。
応答:
信長は立派な人でしたね。
豊臣秀吉も徳川家康も、信長の弟子だったではありませんか?
栄進様:
そうだ。
応答:
朝倉もそうなっていればよかったのに。
栄進様:
そうだったかもしれない。
本当に、悔しくてたまらなかっただろう。
応答:
そうでしょうね。
栄進様:
信長がだ。
だから、そのような変わり者が立てられたのだ。
変えることができそうな人。
そのような性格だったから。
応答:
そのとおりです。
革命家でしたね。
栄進様:
信長は風変わりな人だったではないか?
応答:
そうです。
変わり者でしたから。
栄進様:
時代を変える人は、やはり風変わりな人なのだ。
応答:
「風変わりな人になろう!」
栄進様:
「変わり者になろう!」
応答:
これを朝倉家の家訓にしたらよいですね。
栄進様:
面白いな。
前回は「逆さまにしよう!」
今回は「変わり者になろう!」
応答:
朝倉はあまりにも貴族的でしたね。
だから変わり者になることができなかったのです。
栄進様:
なればよかったのに!
かなえ、福井県出身:
信長にとっても必要な人だったということですか?
栄進様:
必要だった。
応答:
そうですね。
洗礼ヨハネのような人でしたから。
栄進様:
後見人になってほしかったのだ。
応答:
そうだったのですね。
栄進様:
後見人!
応答:
洗礼ヨハネも名門家でしたね?
イエス様は変わり者のような方で……。
栄進様:
後見人を立てて、日本統一をしたかったのだ。
応答:
信長は大した方ですね。
何か感じるところがあったのでしょうか?
霊的な人ですね。
栄進様:
神様は早く送りたかったのだ。
応答:
誰をですか?
信長ですか?
栄進様:
メシア!
応答:
メシアのような人だったのですか?
栄進様:
うなずく。
応答:
そうだったのですね。
では、地上の準備が必要だったでしょうね?
栄進様:
もちろん、もちろん。
応答:
準備さえできれば、いつでも送りたかったのですね?
栄進様:
本当に、もっと早く送りたかったのだ!
だから時代を変えようとする人が立てられたのだ。
応答:
そうなのですね。
栄進様:
いつも時間がかかりすぎるのだ……。
応答:
分からないからですね。
栄進様:
思いどおりにうまくいかないから……。
応答:
新しい時代だということが分からないからですね。
人間はいつも、自分の殻を破ることを知らなければなりませんね。
習慣的な考え方から抜け出さなければなりません。
栄進様:
それが分からない。
誰も分からない!
応答:
そのとおりです。
栄進様:
その時代の人は、なおさら分からないのだ。
応答:
分からないでしょう。
本当に分からないでしょう!
栄進様:
ただ生きているだけなのだ。
食べて生きることに忙しいのだ。
そのような使命があると、どうして分かるだろうか!
応答:
分かりませんね。
摂理を知らないのですから当然です。
摂理というものがあることも知らず、世俗的な論理で生きるのです。
神様が常に背後で導いてくださっているという考えは、まったく持てないでしょう。
栄進様:
そうだ。
応答:
人間の責任分担でそれを悟ることは、本当に難しいことですね。
摂理史観を持つことが、本当に重要ですね。
栄進様:
そうだ。
この時代に自分が何をするのか、考えることができるではないか。
ただ生きるのではなく、この時代に自分自身が何をするのか。
それが重要ではないだろうか?
応答:
キリスト教が貴いのは、そのような摂理観を持っていたからですね。
摂理史観、すなわち「歴史は神様の摂理である」という考えを持っているため、キリスト教は偉大な宗教です。
他の宗教にはそのような考えがありませんから。
栄進様:
そうだ。
私たちはこの時代に何をするのか。
まさにそれなのだ。
そのようなことをまず考えなければならない。
戦ってばかりいて人生が終わってはならない。
毎日争ってばかりいて終わるのではないか?
それでは駄目ではないか?
どうか悟ってほしいのだ。
応答:
摂理史に名を残す人にならなければなりませんね。
栄進様:
そうなのだ。
応答:
それが最も賢明な生き方でしょう。
栄進様:
そうだ。
朝倉遺跡の前にて、2023年4月5日。
(おわり)



