【霊界解放シリーズ389】沖縄・南風原町文化センター「一番大事な日本を守る沖縄!」(2023.06.21)

2023年06月21日

【霊界解放シリーズ389】沖縄・南風原町文化センター「一番大事な日本を守る沖縄!」


沖縄「南風原町文化センター」は、第二次世界大戦当時の沖縄陸軍病院壕が再現された模型が展示されている施設です。沖縄住民1人あたり52発もの、まるで雨のように降り注ぐ「鉄の暴風」が吹き荒れると、陸軍病院の内科・外科はそれぞれ壕へ移動しました。南風原小学校に病院が設置され、近隣の黄金森と呼ばれる一帯に約30余りの壕が構築されたといいます。

病院長以下、軍医、看護師、衛生兵など約350人と共に、看護補助員として教師18人の引率のもと、沖縄師範学校女学生と第一高女生(ひめゆり)222人が動員されました。5月下旬、第32軍司令部が糸満市摩文仁への撤退を決定したことにより、陸軍病院にも撤去命令が下されます。

当時、壕には手足を切断されたり、足の指が壊死したり、脳障害で脱出が困難な重症患者たちがいました。彼らには青酸カリを混ぜた牛乳が配られ、自決が強要されたのです。「自決という表現は不適切だ。これはまさに毒殺であり殺人だ」と、当時生き残った患者や、青酸カリの配布を命じられた衛生兵、軍医見習士官が証言しています。

「歩くのが不自由な人たちは、後で軍用車両が迎えに来る」という言葉に、牛乳だと信じて喜んで飲んだ患者もいました。現場で学徒兵として看護を補助していた津波小久さんは、毒薬であることに後で気づいた患者が「これが人間のすることか…」と激しい苦痛に気絶しながら叫び、死んでいった声が生々しく記憶に残っているといいます。

(5月25日、沖縄)


霊人との対話

霊人:どこへ行ったのだ?

応答:ここにいますよ。皆さんがどこへ行かれたのか、お探ししましょうか。お迎えに参りました。

霊人:どこへ行ったのだ?

応答:一緒に参りましょう!お迎えに参りました。

霊人:(患者の模型を見つめながら)私ではない!

応答:ああ、そうなのですか?

霊人:私ではない!

応答:はい、他の方ですね。私が探して差し上げますから、一緒に参りましょう!私が探して差し上げます。

霊人:(手術台に触れる)

応答:辛い手術でしたね。ご心配なさらないでください、必ず探して差し上げますから、ご安心ください。さあ、参りましょう、探しに参りましょう!探して差し上げますから、一緒に参りましょう!

霊人:(霊界へ旅立つ)


栄進様との対話

栄進:なぜこんなに変わってしまったのか?それは、日本が負けたからだ。

応答:敗れてアメリカ文化を受け入れたからでしょう。

栄進:そうだ。

応答:負けることが必ずしも悪いことばかりとは限りません。古いものを清算するために必要だったのかもしれません。おかげで日本は急成長を遂げましたから。世界第2位の経済大国として全世界を驚かせました。日本の潜在的な力を、戦争ではなく世界発展のために発揮したのですね。

栄進:(壁に貼られたスローガンを指しながら)これは事実だと思うぞ。

応答:「(軍)基地と共生共存する方向へ変わってほしい!」

霊人:これは事実だと思うぞ。

応答:もちろんです、そうしなければなりませんね。

栄進:そうだ。

応答:驚くべきスローガンですね。共生共存!

栄進:そうだ…

応答:素晴らしいですね。

栄進:なぜこうなったかというと、最も重要な場所(日本)を守っている場所が、まさにここ(沖縄)だからなのだ。

応答:はい、そうでしょうね。

(おわり)

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