【霊界解放シリーズ306】石見銀山「神様は人々に夢を植えてあげたかった!」(2023.02.20)

2023年02月20日
【霊界解放シリーズ306】
石見銀山
「神様は人々に夢を植えてあげたかった!」
去る2月11日、島根県大田市にある「石見銀山」を訪問した時の、栄進様との対話です。
銀山争奪戦
石見銀山が発見された1529年頃、日本は地方豪族勢力が同盟と対立を絶えず繰り返す戦国時代でした。
初めは、当時、山口県に本拠を置いていた大内氏が、石見銀山の所有権を握っていました。
大内氏は城を築くなど、数十か所に要塞を築いて、富の資産を守り抜きました。
1550年代に入ると、当時、広島県で強大な勢威を振るっていた毛利氏が、その勢力を北へ拡大し、大内氏は押し出され始め、1562年、毛利元就が率いる軍勢によって完全に征服されてしまいます。
それから約40年間、毛利氏が銀山を支配しましたが、1600年、関ヶ原の戦いで敗れると、銀山の支配権は徳川家康へ移り、銀山をめぐる争奪戦は一段落します。
一時、石見銀山は全世界の銀産出量の3分の1を占めるほど繁栄し、当時制作されたヨーロッパとアジアの地図上に、「銀山王国」「銀山」と表記されました。
石見銀山には、「間歩」と呼ばれる、銀鉱石採掘のために掘られた坑道が、大小合わせて600か所以上残っています。
栄進様:
多くの人々が、ここにいたのだ。
応答:
そうでしょう。
20万人ほど住んでいたというのですから。
銀脈を探そうとして、掘って、掘って、また掘ったのでしょう。
どうですか。
銀が少し見えますか?
栄進様:
あそこで光ってはいるのだがな。
応答:
そうですね。
持って行きましょうか?
あれを少し削って持って行けば、お金になるでしょうか?
栄進様:
ならないだろう。
応答:
ああ、わざと光るようにしてあるのですね?
この映像を見た人々が、もしかすると掘りに来るかもしれませんね。
栄進様:
もしやと思って?
応答:
はい。
銀のように見えますから。
「宝探し」という人間の本能があるではありませんか?
栄進様:
ある。
応答:
新しいものを発見した感激、それを味わいたかったのではないでしょうか?
「私が発見した!」
「見つけた!」
というようなことですね。
(しばらくして)
栄進様:
面白いこと、宝探しがあると言っただろう?
応答:
言いましたね。
栄進様:
さっき言ったこと!
応答:
はい、はい。
栄進様:
神様は、多くの人々に夢を植えてあげたかったのだ。
応答:
ああ、それでこのように深い所に隠しておかれたのですね?
栄進様:
そうだ。
応答:
今もなお、隠されているものがまたあるのでしょうね。
栄進様:
ああ、それを見つけ出さなければならない。
応答:
そうなのですね。
どこに隠されたのでしょうか?
神様は隠すのが面白いようですね。
人間に楽しみを与えられたのですね。
栄進様:
そうだ。
「探してみなさい」と。
応答:
昔々に隠しておいて、一度探してみなさいと宿題を出されたのですね。
栄進様:
そうだ。
応答:
この宇宙のどこかにも、面白いものを隠しておかれたのでしょうね。
栄進様:
そうだろう。
応答:
宇宙旅行に出かけなければなりませんね。
栄進様:
おお〜。
応答:
地球だけでは満足できませんから。
栄進様:
あるだろう。
応答:
宇宙へ旅立たなければなりませんね。
霊界にも面白いものが多いでしょう?
栄進様:
ある。
応答:
わあ〜、霊界ツアーを企画しなければなりませんね。
栄進様:
そうだな。
応答:
神様は、ご自分が造られた被造物を、今まであまり楽しむことができなかったでしょう?
栄進様:
そうなのだ。
応答:
かわいそうですね。
私たちが観光ツアーを組まなければなりませんね。
栄進様:
そうしなければならない。
応答:
神様招待観光ツアーを、一度企画してみましょうか?
栄進様:
いや〜、行きたいという人がいれば分からないが!
応答:
ああ、一緒に行く人ですか?
栄進様:
うん。
応答:
どれほど信仰がよくても、「霊界へ行く」という人がいるでしょうか?
栄進様:
いないだろう。
応答:
そうでしょうね。
栄進様:
戻って来るという保証がないではないか?
応答:
結局、お客さまは神様お一人なのですね?
栄進様:
待っておられるだろう。
「会いに来なさい!」
応答:
まさに命懸けのことですね。
One-Way Ticketかもしれません。
片道切符!
羅漢寺の五百羅漢
石窟の中の左右に250体ずつ安置されている五百羅漢像は、石工技術の粋が集められた精緻な構造で彫刻されており、さまざまな姿勢と表情をうかがうことができます。
18世紀中頃、命を懸けた銀山採掘。
亡くなった人々の魂を慰めるため、石工たちが25年という長い歳月をかけて彫刻したものです。
当時は、ここで参拝すれば、亡くなった両親や親戚に会うことができるという噂が広まり、多くの人々でにぎわったといいます。
五百羅漢とは、釈迦牟尼に従った五百人の弟子たちであり、世俗的な感情や欲望は超越したものの、仏や菩薩の境地まではまだ到達しておらず、人間と仏の間の中間的存在として知られています。
(おわり)

