【霊界解放シリーズ237】松代大本営跡 「痛い、痛い、痛い、痛い……なぜ、私はこんな所へ来たのか?」(2022.12.02)

2022年12月02日
【霊界解放シリーズ237】
松代大本営跡
「痛い、痛い、痛い、痛い……なぜ、私はこんな所へ来たのか?」
11月13日、長野県にある松代大本営跡を訪れた時、当時、全長13キロメートルに及ぶ地下壕を造るために動員され、犠牲となった霊人たちが現れました。
霊人たちは、
「痛い、痛い、痛い、痛い……。お願いだから、そんな、そんなことはしないでくれ! なぜ、なぜ私はここへ来たのだ?」
と嘆きました。
松代大本営跡は、敗戦を目前にした日本軍部が「本土決戦」に備え、東京の宮城、現在の皇居にあった最高統帥機関である大本営を、長野県の山岳地帯、すなわち象山・舞鶴山・皆神山へ移転するという極秘計画に基づき、約9か月間をかけて建設した、碁盤の目状の地下壕です。
その総延長は13キロメートルに及びます。
総工費は、現在の価格に換算して約4,000億円が投入され、朝鮮人労働者約7,000人と、日本人約3,000人が動員されました。
延べ動員人数は、大手総合建設会社である西松組・鹿島組が12万人、勤労奉仕隊が7万9,600人、西松組・鹿島組関係者が15万7,000人、朝鮮人労務者が25万4,000人で、合計61万人に上りました。
1945年8月15日、日本の無条件降伏に伴い、工事は75パーセントが完成した段階で中止されましたが、朝鮮人労働者数百人が命を失ったと記録されています。
ダイナマイト技術者として働いていた崔小岩氏は、次のように証言しました。
「坑内で発破に失敗し、仲間四人の体が吹き飛ばされた。人の首が、天井の板の間に挟まっているのも見た」
地域史研究家の原昭己氏は、次のように述べています。
「朝鮮人労働者たちは、一日二交代で12時間ずつ働いた。わずか9か月で総延長13キロメートルの地下壕を掘ったが、通常のトンネル工事では、数年かけても困難な作業だった」
坑道の壁には、
「歳拜」
「祖妹好老母」
「九雲夢」
「内モト=河本拲拜」
など、ハングルによる落書きが書かれています。
栄進様:
(霊人たちに)
「もう大丈夫ですから、行きましょう!
申し訳ありません。
あなた方は自由です。
もう動いても大丈夫です!」
何のために、このようなものを造ったのだろう?
応答:
米軍が本土へ上陸することを恐れ、避難場所を造ったのでしょう。
栄進様:
本土へ上陸して来るのなら、むしろ負けてしまった方がよいではないか?
その方が、皆さんのためにもよいではないか?
応答:
そのようには考えられなかったのでしょう。
ただ、最後まで戦うことだけを考えていたのですから。
わあ〜、長い、長い!
栄進様:
すごいな。
このようなものを考えたこと自体が、すごいではないか?
応答:
わあ〜、すごいですね。
本当にすごい!
栄進様:
このようなものを思いついたんだ!
応答:
本当に、天皇をここまで尊い存在として考えていたのでしょう。
栄進様:
そうだろう?
応答:
命を懸け、国を懸けて、天皇を守ろうとしたのでしょう。
その精神だけは、高く評価しなければなりません。
もっと早く戦争を終わらせればよかったのですが。
ここまでする必要もなかったのに……。
栄進様:
地下都市を造ろうという考えだったのだろう?
応答:
言ってみれば、国会議事堂のようなものを、地下に造ろうとしたのでしょうか?
(おわり)


