【霊界解放シリーズ209】日本海軍特設巡洋艦「浮島丸」爆沈事件 ……機雷との衝突か、自爆か?(2022.09.11)


2022年09月11日

【霊界解放シリーズ209】

日本海軍特設巡洋艦「浮島丸」爆沈事件

……機雷との衝突か、自爆か?

「殉難者追悼碑」を訪ねて

(2022年7月31日)

去る7月31日に京都を訪れた際、偶然、舞鶴湾の海辺に建てられている「殉難の碑」を発見しました。

「殉難の碑」は、1945年8月24日、朝鮮人労働者を乗せた日本海軍の特設巡洋艦「浮島丸」が突然爆沈した、謎に包まれた事件に関するものです。

これまでずっと疑問に思っていたため、9月9日、栄進様にその真相について尋ねました。

栄進様との対話

質問:

「浮島丸」は機雷に衝突したのですか?

それとも、意図的に船内で爆発させて沈没させたのですか?

栄進様:

あれは、沈没させたんだ。

質問:

アメリカのGHQによる指令ですか?

日本政府が命じたのですか?

それとも、日本軍が命じたのですか?

栄進様:

あれは、個人的に行ったことのようだ。

質問:

ああ、あの船に乗っていた日本軍の誰かが引き起こしたことなのですね?

上層部には、誰にも知らせなかったのですか?

栄進様:

そうだ。その通りだ。

質問:

日本へ強制的に連れて来られた朝鮮人たちが帰国すれば、自分たちに必ず報復するだろうと考えたのでしょうね。

栄進様:

そうだ。

そのような勢力がいたんだ。

質問:

ああ、そのような経緯だったのですね……。

浮島丸
総トン数4,730トン、全長114.79メートル

1942年6月、日本軍はミッドウェー海戦で敗北して以降、戦況が急激に不利になったため、米軍が日本本土へ上陸する場合に備えなければならなくなりました。

これに伴い、青森県に軍事基地を建設する計画を立て、不足する労働力を補うため、朝鮮人たちを強制的に徴用し始めました。

1945年8月15日、日本が無条件降伏を宣言すると、青森県と北海道へ連れて行かれた朝鮮人たちは帰国を希望し、青森県の港へ集まって来ました。

当時、青森県一帯へ徴用によって連れて行かれた朝鮮人約1万2,000人が、浮島丸に乗船しました。

釜山へ向けて出港した浮島丸は、8月24日、突然、飲料水を補給しなければならないとして進路を変更し、京都の舞鶴湾へ入りました。

その後、午後5時20分ごろ、「ドーン」という爆発音とともに船体が二つに折れ、瞬く間に沈没してしまいました。

しばらくして日本政府は、船が爆発した原因について、米軍が敷設した機雷によるものだと発表しました。

しかし、浮島丸が出港した際、釜山港までの片道分の燃料しか積んでいなかったこと、船が舞鶴湾へ入った時に「水雷なし! 安全!」という標識があったこと、船が爆発する20分前に日本人乗組員たちがボートに乗り、先に脱出したこと、停止している船が機雷と衝突する可能性はほとんどないことなどから、日本政府の発表には疑問が持たれています。

特に、後に引き揚げられた浮島丸の船底の穴は、船体の内側から外側へ向かって開いており、船内で爆発が起きたことが確認されたとされています。

また、船を引き揚げた際、バランスタンクの部分に360トンの石が詰め込まれており、最終的に引き揚げを断念したといいます。

これは、意図的に船を爆沈させたことを示す状況証拠だと見ることができます。

解放直後、青森県の日本海軍は、天皇による無条件降伏に強い不満を抱き、戦争を続けるという強硬な態度を取り続けました。

朝鮮人たちがいつ敵に回るか分からない状況の中、軍事機密を守るために彼らの口を封じる必要があり、強制的に連行した事実も隠蔽しなければなりませんでした。

当時、日本人船員や海軍関係者たちは、釜山へ到着すれば朝鮮人たちから報復を受けるのではないかと、非常に懸念していたといいます。

浮島丸事件による犠牲者は、5,000人から1万人と推定されています。

追悼式「海に向かって献花」
(2022年8月24日)

(おわり)

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