函館「百万ドルの夜景」の由来
函館「百万ドルの夜景」の由来
◆二つの海に浮かぶ、光の扇
函館山から見下ろす夜景は、函館市街が無数の光に包まれ、両側の海岸線がくっきりと浮かび上がることで知られています。
「百万ドルの夜景」と呼ばれますが、これは函館の明かりを実際に金額へ換算した正式名称ではありません。百万ドルにも値するほど美しい夜景という、最大級の賛辞として使われてきた観光上の呼び名です。
1.「百万ドル」という言葉の由来
日本で「百万ドルの夜景」という表現が広まるきっかけは、一般に1950年代の神戸・六甲山の夜景だったとされます。
六甲山から見える電灯の1か月分の電気代を、当時の固定相場である1ドル360円で換算すると、およそ100万ドルに相当したため、この表現が使われたという説です。その後、「百万ドルの夜景」は金額そのものではなく、非常に美しい都市夜景を表す言葉として全国へ広まりました。
函館については、「誰が、いつ最初に百万ドルと名づけたか」を明確に示す公的記録は、少なくとも確認できません。函館市公式観光サイトも現在この表現を使用していますが、特定の命名者や電気料金の計算を由来としては示していません。したがって、神戸から全国に広がった夜景の賛辞が、函館にも用いられるようになったと理解するのが妥当です。
2.函館の夜景はなぜ美しいのか
最大の理由は、函館の特殊な地形にあります。
函館山は、もともと火山活動によってできた島でした。約5000年前、砂州によって北海道本島と結ばれ、現在のような細くくびれた地形になりました。このような島を陸地と結ぶ地形を陸繋島といいます。
標高334メートルの函館山から見ると、市街地が、
- 左側の函館港
- 右側の津軽海峡・大森浜
- 中央の細長い市街地
に分かれて見えます。二つの暗い海の間に、街の明かりだけが扇形に広がるため、都市の輪郭が非常に明瞭になるのです。
一般の大都市では明かりが遠くまで連続し、境界がぼやけがちです。函館では両側を海に囲まれているため、暗い海と輝く市街地の対照が強調されます。
3.山と市街地の距離がちょうどよい
函館山は、市街地のすぐ近くにあります。
高すぎる場所から眺めると、街の明かりは小さな点となり、生活感が失われます。反対に低すぎると、街全体の形を見ることができません。
函館山は標高334メートルで、街路、建物、港、海岸線の形を見分けながら、市街地全体を一望できる高さにあります。市街地との距離と展望高度の釣り合いが、立体感のある夜景を生み出しています。
4.港町の歴史がつくった光
函館は幕末の開港以後、外国との交易を通じて発展した港町です。
函館山の麓から港にかけては、教会、旧領事館、洋風公共建築、和洋折衷の商家、赤レンガ倉庫などが集まり、坂道と海が一体となった独特の町並みが形成されました。函館市も、この西部地区を歴史と文化を表す重要な景観として保存しています。
夜になると、港湾施設、倉庫群、道路、住宅、商業施設の光が重なります。
函館の夜景は、単なる電灯の集合ではなく、港町として築かれてきた市街地の歴史を、上空から一度に見る風景でもあるのです。
5.ロープウェイが夜景を観光名所にした
函館山からの眺望そのものは古くから存在しましたが、多くの観光客が気軽に夜景を楽しめるようになった大きな契機が、1958年の函館山ロープウェイ開業です。
山頂への移動が容易になると、函館山の夜景は函館観光の中心的な存在になりました。現在、山麓から山頂まではロープウェイで約3分です。
函館市はその後も、歴史的建造物のライトアップや観光街路灯の整備などを進め、自然に生まれた夜景を守るだけでなく、都市景観として育ててきました。
6.夜景の中に隠れた「文字」
函館山の夜景には、街灯や道路の明かりの中に、
「ハート」
「スキ」
という文字が隠れて見える、という話があります。
これは最初から文字として設計されたものではなく、道路や施設の明かりを結び付けると、そう見えるという観光上の楽しみ方です。夜景を眺めながら文字を見つけた男女は結ばれる、という伝説も語られています。
このような物語が生まれるのも、函館の街路や海岸線が山頂から明瞭に見えるためです。
7.季節と時間で表情が変わる
函館の夜景は、いつ見ても同じではありません。
日没直後には、空と海に青さが残る薄暮の夜景が見られます。空が完全に暗くなるにつれ、街明かりの輪郭が強くなります。
冬は空気が澄みやすく、雪が積もると街の光が雪面に反射します。夏には津軽海峡にイカ釣り船の漁火が浮かび、市街地の明かりと海上の光が共演します。函館市公式観光サイトも、津軽海峡の漁火を函館独特の夜景として紹介しています。
また、初夏には霧が入り、街の一部だけが雲間から現れる「霧夜景」が見られることもあります。
8.「世界三大夜景」は公式認定なのか
函館は、香港、ナポリとともに「世界三大夜景」と紹介されてきました。
ただし、これは国際機関が定めた公的な順位ではなく、日本の観光業界などで長く使われてきた呼称です。函館市もかつて「世界三大夜景」や「百万ドルの夜景」を観光宣伝に使用していましたが、現在は夜景だけに依存せず、歴史的町並みや食、文化などを含む滞在型観光を重視しています。
一方、函館山からの眺望そのものは、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で三つ星として紹介されています。
函館の夜景が表すもの
函館山から見えるのは、ただ電気が多い都市ではありません。
そこには、
二つの海に挟まれた地形
港町として発展した歴史
坂道に広がる生活の明かり
港で働く人々の光
漁火と海岸線
市民が守り育ててきた都市景観
が重なっています。
「百万ドル」という言葉は、その価値を実際に測った金額ではありません。
函館の街が海と山の間に築いてきた歴史と、人々の日常の明かりを、一つの巨大な光景として眺めたときに感じる驚きを表した言葉なのです。
函館の夜景は、宝石を並べて人工的につくったものではありません。【一軒一軒の家、一本一本の道路、港で働く施設の光が集まって、初めて完成する「人の暮らしの夜景」】なのです。


