【霊界解放シリーズ430】申師任堂「どうすればあの方が母として立つことが出来るか?」(2023.08.06)
2023年08月06日
【霊界解放シリーズ430】申師任堂「どうすればあの方が母として立つことが出来るか?」
(8月2日、釜山)
霊人:それは、話にもならないことです。
応答:そうですか、その通りです。
霊人:それは、話にもならないことです。
応答:その通りです。
霊人:そうでしょう?
応答:はい、その通りです。
霊人:人を何だと思っているのでしょうか?人を無視するにも程があります。
応答:その通りです。
霊人:そんな言葉は聞いたことがありません。
応答:あまりにも度が過ぎていますね。
霊人:はい!
応答:はあ…どうしてそんな言葉を臆せず言えるのでしょう。
霊人:その通りです。
応答:舌を巻くほど次々と出てきますね。
霊人:人を何だと思っているのでしょうか?自分自身を何だと思っているのでしょうか?
応答:いくら偉大な人でも、相手をそんなふうに見下してはいけません。
霊人:そうでしょう?
応答:偉大な人であるほど、相手を許し慰めてこそ偉大なのではありませんか?
霊人:はい、それが偉大な人です。
応答:それが人格者です。
霊人:はい、そうです。
応答:人格者は、使う言葉遣いからして違うものです。
霊人:はい、そうでしょうね?
応答:その通りです。
霊人:人を本当に大切にしなければなりません。
応答:その通りです。
霊人:一線をずいぶんと越えています。
応答:その通りです。
霊人:あまりにもひどいですね。
応答:その通りです。
霊人:はい!
応答:まだ目が覚めない人々は、一体どうなっているのでしょうか?
霊人:はい、突拍子もない言葉を鵜呑みにすれば、突拍子もないことをしでかすものです。
応答:まったく理解できませんね。そんな言葉を聞いても嬉しいのでしょうか?
霊人:人を何だと思って言っているのかわかりませんが、人の心は誰でも同じでしょう、そうではありませんか?
応答:それは、その通りです。
霊人:そうでしょう?ところが、あの人はちょっと違いますね。
応答:なぜ違うのでしょうか?
霊人:よくはわかりませんが、人の上に立つ者は、真に人々のために生きなければなりません。
応答:はい、そうしなければなりませんね。
霊人:そうしてこそ、上に立つことができるものです。それができない人は、上に立ってはいけません。
応答:正しい言葉です。
霊人:私はそう思います。
応答:誰も従わないでしょうね。
霊人:そういうことを、人であれば考えてみるべきです。
応答:その通りです。
霊人:はい!
応答:謙虚さが何よりも重要な項目でしょう?
霊人:はい、その通りです。
応答:謙虚さがなければ難しくなりますね。
霊人:はい、そう思います。正しい道理とは、どんな人でも愛せなければならないということです。
応答:完全に愛の塊にならなければなりませんね。
霊人:まさにそれが正しい道理だと思います。
応答:それが真のお母様の道理でしょうね。
霊人:はい、そうお考えですか?お母様のことをおっしゃっているのですね?
応答:その通りです。
霊人:お母様のことをおっしゃっているのですね?
応答:その通りです。
霊人:母とは「犠牲になる。子供のためなら何でもする。」それが母というものです。
応答:その通りです。
霊人:母の精神とは、そういうものです。
応答:その通りです。
霊人:それが母だと思います。
応答:その通りです。
霊人:今まで母という存在は、そうやって生きてきた人々です。
応答:その通りです。
霊人:はい!
応答:その通りです。
霊人:ところが、今のお母様は少し違いますね。
応答:正しいか間違っているかを問うよりも、過ちを包み込み、慈しみ、勇気づけてあげるのが母ではありませんか?
霊人:それは、その通りです。子供を育てることが母の役割ですから。どうすれば成長するか、まずそれを考えなければなりませんね。
応答:はい、その通りです。
霊人:それが母という存在なのに、今のお母様はそうではありません。少し違います。
応答:自分自身を高めることばかりに気を配っているようですね。
霊人:ああ、そうなのですか?それは母ではありません、母ではないのです。それは違うと思います。
応答:どうしてそんなに変わってしまったのでしょう?頭の中に自分しかないようですね。
霊人:ああ、そうなのですか?だから、そんな言葉を平気で言うのですね。
応答:その通りです。
霊人:まず、母とは何かということから知らなければなりませんね。
応答:それを実践できていなかったのです。
霊人:ああ、そうなのですか?まだ母になっていないのですね。
応答:まだ自分自身への執着が強いようです。
霊人:ああ、そうなのですか?そうなのですね。あの方は、母になれていませんね。
応答:その通りです。
霊人:それで臆せずそんな言葉を言うのですね。
応答:その通りです。自分を犠牲にするということは、自分自身に執着しないということですから。
霊人:私はですね、母というものについて考えたことがあります。どうすれば母として立派に生きられるか、たくさん考えました。
応答:ああ、そうなのですね。
霊人:はい。
応答:ありがとうございます。
霊人:ところが、今のお母様を見ると、何か違うような気がします。
応答:やはり、あなたのような方が乗り出さなければなりませんね。
霊人:いいえ、いいえ、私はもう結構です。皆さんに、母についてお考えいただければと思います。
応答:ああ、そうなのですね。
霊人:はい。
応答:模範を示さなければなりませんね。
霊人:はい、多くの母たちがいらっしゃったでしょう?
応答:その通りです。
霊人:立派な母たちがいらっしゃったでしょう?
応答:たくさんいらっしゃいましたね。
霊人:まず、そういう方々を思い浮かべてみてはいかがでしょうか?
応答:そうですね。
霊人:どういう方々が母として立派だったか、それを考えれば、そんなひどい言葉は言えないはずです。
応答:その通りです、そうでしょうね。
霊人:はい、様々な母がいるので、必ずしも良い人ばかりではありませんが、その程度はわかるでしょう。自らを母と呼ぶのであれば、どうすれば母として皆さんを育てられるか、それをまず考えていただきたいですね。
応答:そうしなければなりませんね、ぜひそう思っていただきたいです。
霊人:私も母でしたから、それを考えてきました。
応答:そうですね、ぜひ学んでほしいですね。
霊人:少し学んでほしいですね。
応答:ぜひお願いしたいですね。
霊人:私も一度考えてみます。あの方を変える方法がないか、一度考えてみたいですね。
応答:よろしくお願いいたします。
霊人:一度考えてみます。私も女ですから、様々な経験をしました。
応答:そうでしょうね。
霊人:それで、女が母になるにはどんな心情を育てなければならないか、それを考えてみました。私も女としても生きてきましたし、母としても生きてきましたから、あの方の心情はよくわかります。ですから、どうすればあの方が母として立てるか、もう一度考えてみます。
応答:はい、どうぞよろしくお導きください!
霊人:それでは、お願いしますね!
応答:はい、皆で悩んでいます。
霊人:お願いしますね!
応答:私こそよろしくお願いいたします。来てくださってありがとうございました。
(おわり)