鳥取砂丘はなぜできたのか。
鳥取砂丘はなぜできたのか。
山・川・海・風がつくった巨大な海岸砂丘
鳥取砂丘は、砂漠のように見えますが、雨がほとんど降らない乾燥地帯ではありません。中国山地から運ばれてきた砂が日本海の波によって岸へ戻され、強い風に吹き上げられてできた海岸砂丘です。
一言で表すと、
山で生まれた砂を、川が海へ運び、波が海岸へ戻し、風が内陸へ積み上げた
ことで、鳥取砂丘が形成されました。
1.出発点は中国山地の岩石
鳥取砂丘の砂は、もともと中国山地を構成していた花崗岩、安山岩、玄武岩などの岩石です。
岩石は、長い年月の間に、
- 昼夜や季節の温度変化
- 雨や雪
- 河川の流れ
- 植物の根
- 凍結と融解
などの作用を受け、次第に割れたり砕けたりします。これを風化作用といいます。
特に花崗岩は、石英や長石などの粒に分かれやすく、風化によって大量の砂を生み出します。鳥取砂丘の砂の主要な供給源も、中国山地の花崗岩類と考えられています。
2.千代川が砂を日本海へ運んだ
山地で生まれた砂や土砂は、雨によって谷や川へ流れ込みます。
それを鳥取平野まで運んだ中心的な河川が、【千代川(せんだいがわ)】です。千代川は中国山地から鳥取市内を通り、日本海へ注いでいます。
洪水や大雨が起こるたびに、千代川は大量の砂を河口まで運びました。砂はそのまますぐに砂丘になったのではなく、いったん日本海の海底や河口付近に堆積しました。
3.海流と波が砂を海岸へ戻した
千代川から海へ出た砂は、日本海の沿岸流によって海岸沿いに運ばれます。
さらに波の力によって、海底にたまった砂が岸へ打ち上げられ、砂浜が形成されました。つまり日本海は、川から受け取った砂を海岸へ返す役割を果たしたのです。
砂丘が形成されるためには、砂の供給だけでなく、砂がたまりやすい遠浅の海岸や、長い砂浜が必要です。鳥取の海岸には、その条件がそろっていました。
4.強い北西風が砂を内陸へ運んだ
海岸へ打ち上げられた砂を内陸へ運んだのが、日本海から吹きつける強い風です。
特に冬の季節風である北西風は、乾いた砂粒を吹き飛ばします。砂粒は地面の上を転がったり、跳ねたりしながら少しずつ内陸へ移動し、丘のように積み重なりました。
この作用が非常に長い年月にわたって繰り返された結果、高低差の大きな砂丘が形成されました。
したがって、鳥取砂丘をつくった四つの力は、
岩石を砂にする風化
→ 砂を運ぶ千代川
→ 砂を岸へ戻す海流と波
→ 砂を積み上げる北西風
という関係になります。
5.一度にできたのではない
鳥取砂丘は、ある時期に突然できたものではありません。内部には、異なる時代につくられた砂の層が重なっています。
大きく分けると、
- 古砂丘
- 火山灰層
- 新砂丘
という構造になっています。
古砂丘
下部にある古い砂丘で、10万年以上前には形成されていたと考えられています。
当時も現在と同じように、川、海、風の作用によって砂が積み上がっていました。
火山灰層
古砂丘の上には、火山灰を多く含む層があります。
代表的なものが、約5万年前の大山の大噴火によって降り積もった大山倉吉軽石層です。この火山灰層は古砂丘と新砂丘を区別する目印となり、砂丘形成の年代を調べるうえで重要な役割を果たしています。
新砂丘
火山灰層の上に、その後新しく積み重なった砂が新砂丘です。
現在、観光客が歩き、風紋や「馬の背」を見ることのできる砂丘景観は、主としてこの新砂丘によってつくられています。
6.なぜ鳥取砂丘は大きくなったのか
日本各地には海岸砂丘がありますが、鳥取砂丘が特に大きく、起伏に富んでいるのには、いくつかの条件が重なっています。
第一に、中国山地から千代川を通じて、長期間にわたり大量の砂が供給されたことです。
第二に、日本海の波と沿岸流が砂を海岸へ運び続けたことです。
第三に、日本海側特有の強い季節風が、砂を内陸まで移動させたことです。
第四に、古砂丘の上へ火山灰や新しい砂が重なり、長い年月をかけて高低差のある地形が発達したことです。
現在の観光区域には、第二砂丘列と呼ばれる大きな砂丘の高まりがあり、その代表が「馬の背」です。真下から見ると約47~48メートルの高さがあり、頂上から日本海を望むことができます。
7.風紋はどのようにできるのか
砂丘の表面に見られる美しい波模様を風紋といいます。
風が吹くと、細かな砂粒が地面を跳ねながら移動します。砂面にわずかな凹凸があると、その周辺で砂の積もり方に差が生まれます。風下側には砂がたまり、風上側からは砂が運び去られます。
この作用が繰り返されることで、一定の間隔を持った細かな波模様が現れます。風の強さや方向が変われば模様も変化するため、風紋は「風が描く自然の芸術」と呼ばれます。
8.砂丘は今も動いている
鳥取砂丘は、完成して動かなくなった地形ではありません。
風が吹くたびに表面の砂は移動し、砂丘の傾斜、風紋、くぼ地などが変化します。雨が降れば砂が流れ、砂簾や砂柱と呼ばれる小さな地形がつくられることもあります。
したがって鳥取砂丘は、何万年も前につくられた地形であると同時に、現在も風雨によって形を変え続ける生きた地形なのです。
9.鳥取砂丘は「砂漠」ではない
砂が広がり、ラクダも見られるため、鳥取砂丘は砂漠と混同されがちです。しかし、地理学的には砂漠ではありません。
砂漠は一般に、降水量が極めて少なく、植物がほとんど生育できない乾燥地域です。一方、鳥取地方には十分な雨や雪が降り、放置すれば砂丘には草木が生えていきます。
鳥取砂丘は、豊富な降水のある日本海側に形成された湿潤地域の海岸砂丘です。砂ばかりの景観が保たれているのは、風による砂の移動に加え、除草など人の保全活動も行われているためです。
まとめ
鳥取砂丘は、次のような自然の連携によってできました。
中国山地の岩石が風化して砂になる
千代川がその砂を日本海へ運ぶ
海流と波が砂を海岸へ打ち上げる
北西の季節風が砂を内陸へ運び、積み上げる
この働きが何万年、何十万年という長い時間をかけて繰り返され、古砂丘の上に火山灰と新砂丘が重なり、現在の雄大な景観が生まれました。
鳥取砂丘は、単なる「広い砂浜」ではありません。山、川、海、風、火山活動、そして時間が共同でつくり上げた、地球の歴史を読み取ることのできる自然の記念碑なのです。
(おわり)


