【霊界解放シリーズ487】韓国孤児の母・田内千鶴子「日本の良い所を知って貰いたい!」(2023.11.06)
2023年11月06日
【霊界解放シリーズ487】韓国孤児の母・田内千鶴子「日本の良い所を知って貰いたい!」
尹鶴子(田内千鶴子)女史は1912年、日本の高知県で生まれました。敬虔なクリスチャンであった母の影響を受けて育った彼女が韓国と縁を結ぶことになったのは、日帝強占期であった1919年、父が朝鮮総督府の官吏として木浦に赴任したことがきっかけでした。
その当時、木浦ではクリスチャン伝道師である尹致浩が「共生園」という孤児院を建て、孤児たちの世話をしていました。尹女史は、孤児が生まれた背景には日本の責任も大きいとして、笑いを失った子供たちに笑顔を取り戻してあげようとボランティア活動を始めました。彼女は友人たちから敬遠される中でもそれをものともせず、尹致浩と夫婦の縁を結ぶことになります。
1945年の光復(終戦)後には、日本人であるという理由で殺されかけましたが、彼女の献身的な生き方を見てきた木浦市民たちが人間の盾となってくれました。彼女は朝鮮戦争勃発後も孤児たちを置いて行けないと言い、共生園にそのまま残りました。そのため人民裁判にかけられ処刑されかけましたが、この時も市民たちの積極的な擁護のおかげで命を救われました。
しかし夫・尹致浩はやむを得ず人民委員長を務めることとなり、後に人民軍協力者として逮捕されますが、この時も市民たちの救命運動により釈放されました。その後、尹致浩は食糧を求めに出かけたまま、永遠に行方不明となってしまいます。日本人配偶者であり人民委員長を務めた経歴のために殺害されたものと推定されます。(栄進様に確認した結果、殺害されたとのことです。)
以後、共生園は尹鶴子女史に託され、彼女は数々の困難にもかかわらず、共生園を毅然として率いていきました。そうした功績が認められ、1963年に大韓民国政府から文化勲章国民章を授与され、1967年には日本政府から藍綬褒章を授与されました。また1965年には木浦市民賞を受賞しました。
1968年10月31日、彼女がこの世を去ると、葬儀は木浦市民葬として執り行われ、実に3万余名の市民が参列し彼女の死を悼みました。32年間育て上げた孤児は、総計2,995人に及ぶといいます。墓地は夫・尹致浩の故郷である咸平郡大洞面玉洞村にあります。
(11月2日、木浦)
応答:お会いできて嬉しいです。突然のことで驚かれましたか?
霊人:はい!
応答:本当にご苦労なさいましたね、子供たちのために生涯を捧げられたのですね?
霊人:(うなずく)
応答:皆を代表して、感謝の言葉を伝えに来ました。本当にありがとうございました!!
霊人:あの人!(夫・尹致浩)
応答:はい、まだお会いになっていないのですね?
霊人:(うなずく)
応答:必ず戻ってくると、最後まで信じていらしたのですね?
霊人:はい!
応答:それほど深く深く深い愛情、実に立派ですね。さあ、お会いしに参りましょう!
霊人:ああ…あの人がいません!
応答:あの方が戻ってこられなかったのですね?
霊人:ああ…あの人がいなくなりました!
応答:これから探しに行きますから、一緒に参りましょう。あの方のもとへご案内します。本当に会いたかったのですね?
霊人:あの人をご存じですか?
応答:もちろんです、本当に立派な人格者でしたね。
霊人:あの人は立派な方です!
応答:その通りです、乞食大将だったのでしょう?
霊人:はい、その通りです!
応答:その通りです、皆が本当に尊敬した方です。
霊人:その通りです!
応答:しかし、誤解もありましたね?
霊人:そうです!
応答:日本人と結婚されたのですから、朝鮮の人々は嫌がったでしょうね?
霊人:その通りです!
応答:わあ〜あの当時、誰も理解できないことをなさったのですから!神様とイエス様の人類愛で国境を越えて一つになろうと!真に人類愛を実践されたのですね!
霊人:その通りです、その通りです!
応答:はい、一つになることを望まれたのですね。
霊人:その通りです!
応答:そのように貴い希望と祈りは、必ず実現するでしょう。これからもっと多くの活躍を期待します。両国が過去をきれいに清算し、真に一つになって平和を築いてほしいですね。
今まで実にご苦労が多かったですが、今は「韓国孤児の母」と呼ばれています。ありがとうございます、ありがとうございます。神様もイエス様も感謝していらっしゃいます。
霊人:ありがとうございます!
応答:「我が娘よ、私の愛を実践してくれたな」と、イエス様が本当にお喜びです。
霊人:はい、そうなのですね!
応答:その通りです、「我が娘よ、さあおいで、さあおいで!」とお呼びになっています。イエス様にお会いしに参りましょう!
霊人:はい!
応答:ご主人にも会いに参りましょう!
霊人:あの人をご存じですか?
応答:もちろんです、尹致浩伝道師でしょう?
霊人:はい、その通りです!
応答:実に立派な方でいらっしゃいますね。
霊人:はい、その通りです!
応答:その通りです、お二人は神様の模範的な息子娘でした。
霊人:まだ…まだです!
応答:はい、まだまだだと?
霊人:はい…
応答:皆さんが心から尊敬しています。あなた方は真に犠牲的な人生を生きられました。ありがとうございました。
霊人:それは…大丈夫です!
応答:実に謙虚な方でいらっしゃいますね。ご主人に会いに参りましょう!
霊人:はい、そうしましょう!
応答:息子さん娘さんがいらっしゃいましたね?
霊人:はい、その通りです!
応答:今も一生懸命生きていらっしゃいますよ。お母様とお父様の志を受け継ぎ、「韓国と日本が一つになるよう、私が責任を持ちます」と、本当に一生懸命働いていらっしゃいます。
霊人:はい、そうなのですか?
応答:その通りです、さらに「世界孤児の日を制定しよう」と国連に訴えていらっしゃいます。
霊人:はい、そうなのですね!
応答:それが夢だったのですね?
霊人:はい、その通りです!
応答:それが実現するまで、私も応援します。
霊人:ありがとうございます!
応答:人々に訴えて参ります。
霊人:ありがとうございます!
応答:ご一緒できて嬉しいです。むしろ私の方こそ感謝の言葉を申し上げたいですね。
霊人:ありがとうございます!
応答:ご主人に会いに参りましょう!可哀想な方です。
霊人:はい、そうしましょう!
応答:また生き返りますから、末永く生きてください!神様の権能と恩寵で生まれ変わります。
霊人:ありがとうございます!
応答:これから互いに愛し合いながら、末永く生きてください!
霊人:はい!
応答:ご主人に会いに参りましょう!
(しばらくして)
霊人:梅、梅干し(日本の食べ物、梅の漬物)!
応答:梅干しを食べたかったのですね?
霊人:はい、そうです。
応答:梅干しを心ゆくまで味わってください!
霊人:梅干しではなく…
応答:それでは、どういう意味だったのですか?
霊人:梅干しを食べたい気持ちもありましたが…私の願いは、大勢の人々に分けてあげたかったのです!
応答:ああ、大勢の人々に梅干しを分けてあげたかったのですね?
霊人:はい、日本についてたくさん知らせてあげたかったのです!
応答:日本は美しい伝統をたくさん受け継いでいますね。
霊人:日本にはですね、いろいろな人がいますが、その中には良い人がいます!
応答:もちろんです、実に立派な方々が大勢いましたね。
霊人:(涙ぐみながら)日本がですね…そういう国だということを伝えて…
応答:ああ、人々に知らせてあげたかったのですね?
霊人:はい、知らせてあげたかったのです!
応答:ああ、それが「梅干しを食べたい」の意味だったのですね?
霊人:梅干しも美味しいですが…人々に彼らが望むものをあげたかったのです。
応答:まさに母の心ですね、これからそういうことをしましょう!
霊人:(涙ぐみながら)多くの人々が食べたいだけ食べられるようにしてあげたかったのです。
応答:これから必ずそういうことをしてください!神様があなたにそういう力をお与えになるでしょう。
霊人:(涙ぐみながら)日本を知らせてあげたいのです!
応答:わかりました、良い国でしたね。
霊人:(涙ぐみながら)日本を知らせてあげたかったのです!
応答:そうですね、あなたの犠牲精神のおかげで、神様が日本をお許しになりました。本当に立派な国でしたね。
霊人:あの人にもう一度会いたいです!
応答:そうしましょう、会いに参りましょう。神様が特別にお許しになりましたから、会っても大丈夫です。
霊人:あの人に会ったら、ありがとうと伝えてください!
応答:わかりました、ありがとうという言葉を伝えます!実に心根が美しいですね。本当にお喜びになるでしょう。
霊人:子供たちがたくさんいます!
応答:その通りです、3、4千人も育て上げましたね。
霊人:はい、その通りです!良い子供たちもいます!
応答:良い子供たちが多くいましたね。皆立派に成長しましたよ。おかげで世界のために大きく活躍しています。ありがとうございます。
霊人:ありがとうございます!
応答:見捨てられた孤児たちが愛の減少感を感じないよう、一切差別せず、自分の子供以上に愛してくださいましたね。神様もイエス様もお喜びです。さあ、あの方に会いに参りましょう、参りましょう、参りましょう!
霊人:(霊界へ旅立つ)
(おわり)



