【霊界解放シリーズ450】お父様⑯「裁判、解決する方法があるさ!」(2023.09.07)
2023年09月07日
【霊界解放シリーズ450】お父様⑯「裁判、解決する方法があるさ!」
(9月5日、釜山)
応答:非常に深刻な状況になってしまいました。
お父様:そうなってしまったのだ。
応答:あまりにも残念です。
お父様:そうなってしまったのだから、これから面白いことが起こると思えばいいのだ。
応答:ある意味では、真実が明らかになる機会にもなるでしょうから、そういう意味で面白いですね。
お父様:面白いだろう。自分たちのやり方でしたことが、どうなったか考えてみなければならないだろう?
応答:その通りです、自分たちが正しいと思ったことを思う存分やりましたから。
お父様:そうだ、その通りだ。
応答:絶対に正しいと思っていましたが、果たしてその結果はどうなるのでしょうか?
お父様:その通りだ、自分がしたことが誰のためのものだったか、考えてみなければならないだろう?
応答:その通りです。
お父様:自分のためのものだったのか、何のためのものだったのか…
応答:それが審判を受ける時ですね。ために生きようと声を張り上げて叫んではいましたが。
お父様:本当に苦しいだろう。
応答:死にたくなるほど苦しいでしょうね。
お父様:死んでしまいたくなるだろう。
応答:実に深刻なことですね。誰が彼らの心情を救えるでしょうか?
お父様:本当に死んでしまいたい人が出てくるだろう。
応答:あの人々の人生に責任を持たなければなりませんね?
お父様:そうしなければな。
応答:果たして誰が責任を持つでしょうか?その恨みをどう解放してあげられるでしょうか?
お父様:それで困った人も出てくるだろう。困った人というのは、生きていくのが難しい人のことだ。
応答:はい、生活も困窮するでしょうね。職も失うでしょうから。
お父様:本当に助けなければならないのだが…かつて自分たちが苦しめてきたことが…
応答:ああ、苦しめたのですね?
お父様:苦しめただろう?
応答:ために生きたのではなく苦しめたのですから、今度は自分たちが苦しめられる番ですね?
お父様:そうなるだろう。
応答:ために生きていれば、困難な時に助けを得られたでしょうに。
お父様:その通りだ。
応答:苦しみを受けるのは、自分たちが苦しめた業(ごう)ですね。
お父様:苦しめたのだ、多くの人々を!
応答:そのように理解する人々が果たして何人いるでしょうか?きっと「これは迫害だ」と思うでしょうね、そうでしょう?
お父様:そう思えばそうかもしれないが…それは違うのだ。
応答:その通りです、それでも自業自得だとは思わないでしょうね。
お父様:これから面白いことが起こりそうだが…何をどうするかが問題なのだ。
応答:今、あちこちで裁判をしているではありませんか?やめなければならないのではありませんか?
お父様:そうかもしれないな。
応答:それはお父様のやり方ではないはずですが。
お父様:そうかもしれないな。
応答:解決する方法があるのですか?
お父様:ああ、あるとも!
応答:お父様に祈れば、教えてくださるでしょうか?
お父様:そうだ、その通り!
応答:ところが、尋ねようとしないでしょう。
お父様:母親に頼るだろう。
応答:お母様がお父様よりはるかに強いと思っていますからね。
お父様:その通りだ。
応答:お母様は神様と完全一体で、奇跡を起こされる方だから、絶対に信じるでしょう。
お父様:母親を信じて従った結果、こんな有様になってしまったのに…
応答:それでも気づかないでしょう。そこまで信じ込む信仰心だけは、実に感嘆すべきものですね。
お父様:本当に父親を忘れてしまったのだ、そうなってしまった。これからどうなるかが問題だ。
応答:どうなるでしょうか?
お父様:自分の家を探さなければならないだろう?
応答:それぞれが自立しなければ生きる道がないでしょうね。そうなるでしょう。
お父様:そうなるだろう!
応答:以前は集まれば勝利すると思っていましたが、今は散らばってこそ生きられるのですね。
お父様:そうなるかもしれないな。
応答:集まれば、たたかれるでしょうから。
お父様:ああ、そうなるだろう。
応答:一人一人が虎のようになればいいのですが。だからお父様は統一教会の看板を下ろし、氏族的メシアとして虎の子らしく、堂々たるメシアになりなさいとおっしゃったのではありませんか?
お父様:そうなればいいのだが、果たしてそういう人がいるだろうか?
応答:皆、お母様に頼っていますから。お母様なしでは生きられないと思っているではありませんか。
お父様:その通りだ。
応答:それを孝だと思っているのでしょうが、私が見る限り、いつまでも親のそばを離れられない子供のように見えますが、私が見誤っているのでしょうか?
お父様:自ら行おうとする人があまりいないからな。
応答:まだ自ら判断ができないのですね?
お父様:そういう人がいたなら、家を出ていっただろう。
応答:判断はお母様に任せて、自分では判断できないのですね。
お父様:できないだろう。
応答:そんなに弱いのですか?そこまで自分自身を信じられないのですか?
お父様:できないのだ!
応答:私よりもはるかに立派な人々が大勢いると思っていましたが、あの人々は私を信仰のない人間扱いしてきたのに、今になってみると、私よりも弱いではありませんか?
お父様:自分たちがしでかしたことが、どれほど深刻なことか、よくわかっていないだろう?
応答:その通りです。
お父様:そうなってしまったのだから、自分たちが何をどうすればいいのか、進むも退くもできないだろう。
応答:そうでしょうね。
お父様:あの人々は本当に生きる道が見えなくなるだろう。
応答:迷える子羊のようですね?
お父様:どうすればいいのか、まったく見当がつかないだろう。
応答:その通りです。
お父様:本当に悩む人々が多いだろう。
応答:実に深刻ですね、どうすれば生きられるでしょうか?
お父様:そのうち何とかなるだろう!
応答:実に希望の持てるお言葉ですね。
お父様:そのうち何とかなるという言葉は、だから準備しなければならないという言葉なのだ。
応答:今までこういう時のために準備してきましたから。その時になって「ありがとう」の一言でも言ってくれれば嬉しいのですが…
お父様:そのうち何とかするというのだ!
応答:今まで(私たちのことを)無駄なことをしていると思っていた人々ですが…そのうち「生きる道はここにあったのか」と言えるようになればいいですね。
お父様:まさにそれだ!
応答:それで準備してきたのに、誰も認めてくれませんでした。状況がこうなるとは、誰も知らなかったのですから。
お父様:その通りだ。だから準備しなければならないのだ!これから忙しくなるぞ!
応答:休む間もなく忙しくなるでしょうね。迎える準備をしなければなりません、皆生かして差し上げなければなりませんから。
お父様:まさにそれだ!
応答:ひたすら信じてついていった人には、何の罪もありません。
お父様:その通りだ。
応答:実に可哀想ですね、可哀想です、可哀想です!
お父様:準備するぞ!
応答:ありがとうございます。「まさにお父様こそメシア、救世主だ!」今こそわかるでしょう。「まさにお父様でいらっしゃった!」今こそわかるでしょう。
(おわり)
