阿波踊りの由来と魅力
阿波踊りの由来と魅力
阿波踊りは、現在の徳島県に当たる旧国名「阿波国」で育った盆踊り系の民俗芸能です。約400年の歴史を持つとされ、今日では徳島を代表するだけでなく、日本を代表する夏祭りの一つとなっています。
1.起源は一つに決められない
阿波踊りの始まりについては、明確な一つの記録が残っているわけではありません。徳島県は、代表的なものとして次の三説を紹介しています。
① 徳島城築城起源説
天正15年(1587年)、徳島藩祖となる蜂須賀家政が徳島城を完成させた際、城下の人々が祝賀のために踊ったことを始まりとする説です。
一般には「家政が城下の人々に酒を振る舞い、無礼講で踊らせた」と語られることがあります。人々が酔って自由に踊り、身分の上下を超えて盛り上がったことが、今日の阿波踊りにつながったという伝説です。
ただし、阿波踊りにはそれ以前の芸能の影響も認められるため、この築城祝賀だけを唯一の起源と断定することはできません。
② 風流踊り起源説
中世に流行した「風流踊り」を原型と見る説です。
風流踊りとは、華やかな衣装を着け、太鼓や鉦を打ちながら集団で踊る芸能です。天正6年(1578年)、勝瑞城で十河存保が風流踊りを催したという記録があり、現在の阿波踊りに見られる集団踊り、すなわち「組踊り」の原型になった可能性が指摘されています。
③ 盆踊り起源説
阿波踊りはもともと旧暦7月、お盆の時期に行われた先祖供養の踊りだったとする説です。
盆踊りを土台として、集団で踊る「組踊り」や、滑稽な身振りや即興的な演技を取り入れた「俄踊り」が加わり、次第に阿波独特の芸能へ発展したと考えられています。
2.複数の文化が混ざって生まれた
歴史的には、三つの説のうち、どれか一つだけが正しいというより、
盆踊りを基礎として、風流踊りや俄踊り、城下町の祝祭文化が重なり合った
と理解するのが自然です。
阿波踊りは、一度の出来事から突然生まれたのではなく、中世以来の踊りが徳島の城下町で長い時間をかけて変化し、現在の形になった民衆芸能なのです。
3.藍商人が踊りを豪華にした
阿波踊りの発展に大きく貢献したのが、江戸時代の藍商人です。
吉野川流域では藍の栽培と染料生産が盛んになり、「阿波藍」は全国に販売されました。経済力を持った藍商人たちは、踊りの衣装や鳴り物を豪華にし、大坂や京都など上方の音楽・芸能を徳島へ持ち帰りました。
こうして素朴な盆踊りは、三味線や太鼓、笛、鉦を伴う華やかな都市の芸能へと洗練されていきました。藍商人の全国的な交流は、阿波踊りの歌やリズムにも影響したと考えられています。
4.「阿波踊り」という名称
古くは、単に「徳島の盆踊り」などと呼ばれていました。
現在の「阿波踊り」という名称が積極的に使われるようになったのは昭和初期で、不況からの地域振興策として、徳島の踊りを観光の目玉にしようとした時期だったとする資料があります。
その後、戦後復興の中で大きく発展し、演舞場が整備され、観光行事であると同時に、舞台芸術としても磨かれていきました。
5.踊りの基本
阿波踊りの団体は【「連」】と呼ばれます。伝統ある有名連、企業連、学生連、地域の連などがあり、それぞれ独自の衣装、踊り方、鳴り物、隊列を持っています。
踊りは大きく「男踊り」と「女踊り」に分けられます。
男踊り
腰を低く落とし、手足を大きく動かして、自由で豪快に踊ります。半天や浴衣を着て、うちわや提灯を持つこともあります。
ただし「男踊り」は踊りの型の名称なので、女性が男踊りを踊ることもあります。連によっては、滑稽な動き、勇壮な動き、低い姿勢で地面を這うような動きなど、個性が大きく異なります。
女踊り
浴衣を着て鳥追い笠をかぶり、下駄の前歯で立つようにして、腕を高く上げながら優雅に進みます。
男踊りが豪快さと即興性を表すのに対して、女踊りは揃った指先、足運び、隊列による様式美を特徴とします。鳥追い笠を目深にかぶることで、顔の一部とうなじが強調され、独特の気品が生まれます。
6.「ぞめき」と鳴り物
阿波踊り特有の、軽快で浮き立つような二拍子のリズムを【「ぞめき」】と呼びます。
主な楽器は、
- 三味線
- 笛
- 鉦
- 大太鼓
- 締太鼓
- 鼓
などです。太鼓が全体の力強い拍子を支え、鉦が鋭いリズムを刻み、笛と三味線が旋律を添えます。
阿波踊りの魅力は踊り手だけではありません。「鳴り物」と呼ばれる演奏者も連の重要な一員で、優れた連では踊りと音楽が一体となって観客を引き込んでいきます。
7.有名な掛け声
最もよく知られているのが、
踊る阿呆に見る阿呆
同じ阿呆なら踊らにゃ損々
という囃子言葉です。
これは、踊る人も見る人も同じ人間なのだから、遠慮して見ているだけでなく、共に踊って楽しもう、という意味です。
また、踊りの始まりや途中では、
ヤットサー
ア、ヤット、ヤット
という掛け声が交わされます。「ヤットサー」に対して「あ、ヤット、ヤット」と応えるのが一つの型になっています。
8.阿波踊りが表す精神
阿波踊りの中心にあるのは、上手に踊ることだけではありません。
普段の身分、職業、年齢、立場をいったん離れ、誰もが同じ拍子の中に入り、踊り手と観客の境界を越えて楽しむところに本来の精神があります。
その意味で阿波踊りは、先祖を迎える盆踊りであると同時に、共同体の人々が生命の喜びを共有する祝祭です。「阿呆」という言葉も、人を侮辱する意味ではなく、何かに夢中になり、自分を解放して踊る人への親しみと称賛を表しています。
まとめ
阿波踊りは、徳島城完成の祝賀だけから始まったものではなく、盆踊り、風流踊り、俄踊り、城下町文化、藍商人による上方文化との交流が重なって完成した伝統芸能です。
豪快な男踊り、優雅な女踊り、心を浮き立たせる「ぞめき」のリズム、そして「同じ阿呆なら踊らにゃ損々」という参加の精神が一体となったところに、阿波踊りの最大の魅力があります。
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